学校<2> 「心に刻んだ最後の演奏」

 以前、学校に通う通学路についての記事をを取り上げましたが、今回も学校についての記事をご紹介します。学校という思い出を刻んだ場所がなくなる―それは今学校に通う子どもたちだけでなく、子どもたちをあたたかく見守る地域の方々、また卒業生の皆さんにとっても同じ想いであることでしょう。「6月から毎朝練習してきた2曲を一生懸命演奏するので聴いてください」と語る6年生の言葉と彼らの演奏は、そこに耳を傾ける人の胸にかけがえのないものを刻んだことでしょう。

【参照】学校<1> 立て札「運動駐車場」〜見慣れぬ道を通って
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20120714


・・・石巻市相川小(橋本恵司校長、児童59人)の児童全員で構成する鼓笛隊の演奏会が18日、北上地区内8カ所で行われた。同校は来春、橋浦、吉浜両小と統合するため、相川小としては今回が最後の披露。児童たちはこれまでの練習の成果を元気いっぱいに発表した。各地区では大勢の保護者や住民が駆け付け、1966年の鼓笛隊結成後、45年の歴史を持つ巡回演奏に耳を傾けた。

 太鼓やハーモニカ、トランペット、アコーディオンなどで構成する鼓笛隊は、北上中そばの仮設住宅を皮切りに、小学区内を中心とした地区をバスで移動した。

 最後は東日本大震災で被災した思い出深い相川小で、校歌と「こんにちはトランペット」の2曲で締めくくった。演奏に先立ち、大勢の住民を前に橋本校長は「45年間受け継がれた伝統を最後の2曲に込めた」とあいさつ。遠藤怜君(6年)が「6月から毎朝練習してきた2曲を一生懸命演奏するので聴いてください」と話した。

 この後、佐々木海音さん(6年)の指揮で息の合った演奏を披露し、集まった人々から温かい拍手が送られていた。

 6年生の双子の女の子を孫に持つ十三浜崎山の漁業佐々木昭一さん(68)は「長男も演奏したので、毎年欠かさず鼓笛隊演奏は見ていた。これが相川小として最後の演奏かと思うと感慨深い」と話していた。
 相川小の鼓笛隊は1966年9月に結成。毎年6月の「社会を明るくする運動」で各地区を回って演奏するのが恒例で、子どもたちのはつらつとした姿は住民にも元気を与えていた。

 震災では校舎の3階まで津波が押し寄せ、楽器が使えなくなったが、歌手の庄野真代さんらが楽器や和太鼓を提供。昨年11月には5カ月遅れで鼓笛隊演奏が復活し、住民から喜ばれた・・・

三陸河北新報社(2012年7月20日) より引用
http://www.sanriku-kahoku.com/news/2012_07/i/120720i-aikawa.html



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