原子力防災訓練のあり方 <2>

 前回に続き、原子力防災訓練についての情報です。国による原子力防災訓練が進展しない一方において、地方自治体では、独自の原子力防災訓練が行われています。以下はこの6月に実施された石川県・富山県の共同原子力防災訓練の情報です。北陸電力志賀原発での放射能漏れ事故を想定して行われました(註1:詳しい想定内容については下の引用をご覧ください)。
 もともとIAEA によって提案されていた緊急防護措置計画範囲(UPZ:Urgent Protective action planning Zone)(註2)ですが、昨年原子力安全委員会の作業部会も「原発の防災対策の重点区域の目安」を拡大、これを踏まえて30km圏退避訓練も行われていることも特徴的です。また訓練そのもののあり方だけでなく、住民意識の向上といった課題もあがっています。
 訓練をすることによって問題点を見いだし、次の訓練につなげていくというプロセスが重要です。国も一度に包括的な訓練案を出せないのであれば、まずはやってみて、それからトライアンドエラーによって訓練の精度を高めていく方向も考慮すべきだと思います。


・・・北陸電力志賀原発での放射能漏れ事故を想定した原子力防災訓練が9日、石川、富山両県で行われた。国の防災指針が定まらない中、石川県が独自に進める対策を検証できた一 方、荒天でヘリや船での避難はほとんど中止に。危急の際、移動手段やルートを確保して 「見えない災害」から逃げることはできるのか。訓練を通して見えた課題は少なくない。

 訓練は志賀原発の半径30キロ圏内に入る8市町の住民800人を、金沢、輪島市へ移動させる初の試みだった。

 避難所が設けられた金沢市港中では、6市町から避難してきた500人のうち、250人がスクリーニングや除染を受けた。
 技師8人が休まず検査したが、終わったのは閉会式の直前。頭の先から靴の裏まで調べ れば1人5分はかかる。実際には金沢市だけで8万8500人とも想定される避難者をど うするのか。30人を問診した男性医師(59)は「機器や技師をいかに早く確保できる かが鍵だ」と語った。
 原発から5キロ圏の志賀町から港中に移動した志加浦小と上熊野小の児童約70人は今回、能登有料道路を使ったが、災害時の避難ルート策定はこれからだ。

 避難所では「避難方法が分かったのは安心材料」「逃げる足を本当に確保できるのか」 と、評価と不安の声が入り交じった。避難者をバスで集めて避難させた輪島市の梶文秋市 長は「実際は、こんなに周到にバスを用意できない。自治体が所有するバスをどう配置し ておくか検討する」と語った。

 陸路が閉ざされた場合、奥能登の孤立化が課題として残る。「原発から遠ざかることを優先した訓練」(県危機対策課)とはいえ、陸路ではそれ以上先に行けない場所への避難 に抵抗を感じる住民は少なくない。

 この日、避難者や物資を運ぶ予定だったヘリと船のほとんどが中止となったように、空や海の移動は天候に大きく左右される。荒天で船が使えなかった志賀町福浦港の寺尾杉太郎さん(66)は「別の避難手段も考えてほしい」。同所の端谷実さん(63)は「多少 困難な状況でも住民を運べる準備が必要だ」と、天候の変化の想定も必要だったと指摘した。

 万一の事態に備え、住民意識をいかに高めていくかも重要だ。

 七尾市では、原発に近い6地区の住民9500人に避難場所へ集合を呼び掛けた。ところが参加したのは2600人で、市の担当者は「もう少し多いと思った」。雨の影響もあったとみられるが、参加しなかった男性(70)は「本当の事故ならバスを待つ間に被ばくしてしまう」と話す。

 県は訓練を検証した上で、策定中の県原子力防災計画に反映させる方針だが、行政の力だけで全ての住民を避難誘導するのは困難だ。谷本正憲知事が終了後、「避難誘導の柱となる防災士の数を増やしたい」と語ったように、安全で迅速な避難には、自主防災組織をはじめ住民が支え合う体制充実は欠かせない・・・

北國新聞(2012年6月10日付)より引用
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20120610101.htm


【註1】今回の原子力防災訓練の想定です。

・資料:石川県「平成24年度 石川県原子力防災訓練の概要について」より

5 想 定
志賀原子力発電所2号機において、地震により全ての交流電源が失われ、原子炉格納容器内の圧力を抑制する機能が喪失し、原子力災害対策特別措置法第15条の原子力緊急事態となった(5㎞圏に避難指示)
・その後、原子炉格納容器から放射性物質が放出された(30㎞圏の一部に避難指示)

6 訓練項目
1)緊急時通信連絡訓練
2)緊急事態応急対策拠点(オフサイトセンター)の運営訓練
3)災害対策本部等設置訓練
4)緊急時環境放射線モニタリング訓練
5)広報訓練
6)避難等措置訓練
7)緊急被ばく医療措置訓練
8)住民等への防災意識の普及
※ 例年実施している訓練項目を基本に、防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲のめやすが30㎞に拡大されたことを踏まえ、訓練の対象範囲を拡大するとともに、船舶やヘリなど避難手段の多様化や奥能登地域への海路・空路による 物資搬送など、工夫を行いながら訓練を実施

http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kisya/h24/documents/kiki0607.pdf


【註2】UPZ(Urgent Protective action planning Zone)とEPZ(Emergency Planning Zone)の差異については下に詳しい設明があります。

・資料:原子力安全委員会IAEA 文書において示された緊急防護措置計画範囲(UPZ)について」
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/bousin/bousin003/siryo3.pdf

・資料:原子力安全委員会原子力発電所に係る防災対策を重点的に充実すべき地域に関する考え方」より

(3)防災対策を重点的に充実すべき地域の内容
原子力発電所に係る防災対策を重点的に充実すべき地域については、緊急事態発生の初期段階で実施する防護措置の準備のために、本地域内に、これまでのいわゆる緊急時計画区域(EPZ:Emergency Planning Zone)に代えて、以下の区域を設ける。特に施設に近い区域に重点を置きつつ、施設からの距離、周辺環境条件、気象、人口分布等を勘案して、区域に応じた適切な防護措置を迅速に実施できるよう事前に準備しておくことが必要である。

1)予防的防護措置を準備する区域(PAZ:Precautionary Action Zone)
東京電力福島第一原子力発電所の事故においては、事故が急速に進展したため迅速な対応が求められた。急速に進展する事故を考慮し、重篤な確定的影響等を回避するため、緊急事態区分に基づき、直ちに避難を実施するなど、放射性物質の環境への放出前の予防的防護措置(避難等)を準備する区域(PAZ)を設ける。緊急時において予防的防護措置を確実に実施するためには、施設の状態に基づいて緊急事態区分を迅速に決定するための緊急時活動レベル(EAL)を予め策定するとともに、緊急時においてはPAZ 内の住民等に迅速に通報するシステムを確立しなければならない。また、放射性物質の放出状況等を把握するため、自然災害にも頑健性を有し、自動でリアルタイムに環境放射線等を測定し、データを伝送することが可能な設備の設置など人力を介さない環境放射線モニタリング体制を整備する。

2)緊急時防護措置を準備する区域(UPZ:Urgent Protective action Planning Zone)
国際基準等に従って、確率的影響を実行可能な限り回避するため、環境モニタリング等の結果を踏まえた運用上の介入レベル(OIL)、緊急時活動レベル(EAL)等に基づき避難、屋内退避、安定ヨウ素剤の予防服用等を準備する区域(UPZ)を設ける。OIL は、IAEA の国際基準等を参考に国が予め設定しておく必要がある。また、OIL に基づく判断を行うため、環境モニタリングを行う体制を整備するとともに、緊急防護措置を迅速かつ実効的に実施できる準備を確立しなければならない。この際、当該地域における人口分布や社会環境条件(道路網等)を勘案し、必要に応じて段階的な避難を実施できるよう計画を策定することが重要である。

http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/sisetubo/sisetubo023/siryo1.pdf




【サイト内関連記事】
原子力防災訓練のあり方 <1>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20120706

・過去の災害に学ぶ<1>〜<6> 
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20120524

・「次は何を持ってどこに逃げれば良いか考えていた」 〜 日常的な避難意識の大切さ
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20120315

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <1>〜<3>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110823

・浸水リスクマップ
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110818