「国民の命を守る」こと 〜 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会による「中間報告」より <2>

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会による「中間報告」が2011年12月26日に公表されました。
なお、名前が紛らわしいのですが、現在二つの事故調査を行う委員会がありまして、ここで引用する報告は「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」によるものです。もうひとつの調査委員会は「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」というものです。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」→内閣官房に設置(畑村洋太郎委員長)
http://icanps.go.jp/

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」→国会に設置(黒川清委員長)
http://www.ican.go.jp/


前回につづいて、いったん起こってしまった事故に対し、「被害の拡大を防止すするためにどう対応するか」、という点について、特に情報提供の観点から述べられた箇所(5.被害の拡大を防止する対策の問題点)を引用します。


東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会「中間報告」
http://icanps.go.jp/post-1.html

・「中間報告」概要
http://icanps.go.jp/111226HonbunGaitou.pdf


・・・以下引用・・・

5.被害の拡大を防止する対策の問題点
(1)初期モニタリングに関わる問題 【V章1、VII章5(2)】
モニタリングによる放射線量測定データは、住民の放射線被ばく防止と避難の対応に不可欠である。しかし、今回の事故においては、モニタリングポストが津波で流失したり停電で使用できなくなるなど、先行する地震津波の影響により、十分なモニタリングができない事態となった。また、初期の事故対応において、モニタリングデータの活用に混乱が見られ、特に、モニタリングデータの公表については、政府には速やかに公表しようとする姿勢が欠けており、公表する場合でも、一部を断片的に示しただけであった。今回の問題点を踏まえて、関係機関に対し、早急に以下の改善措置を講じることを求めたい。

1) モニタリングシステムが肝心なときに機能不全に陥らないよう、地震津波等の様々な事象を想定してシステム設計を行うとともに、複合災害の場合も想定して対策を講じておくこと。また、モニタリングカーについて、地震による道路の損傷等の事態が発生した場合の移動・巡回等の方法に関して必要な対策を講じること。
2)モニタリングシステムの機能・重要性について、関係機関及び職員の
認識を深めるために、研修等の機会を充実させること。

(2)SPEEDI 活用上の問題点 【V章2、VII章5(3)】
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)も、地域住民の放射線被ばく防止と避難の対応をする上で重要な役割を担っているが、今回の事故において避難指示が出された際、SPEEDI が活用されることはなかった。
今回の事故においては、地震の影響によりデータの伝送回線が使用できなくなったことなどから、SPEEDI の計算の前提となる放出源情報が得られず、放出源情報を基にした放射性物質の拡散予測はできなかった。しかし、SPEEDI により、単位量放出(1Bq/h の放射性物質の放出)を仮定した計算結果を得ることは可能であり、現にこのような計算結果が得られていた。この計算結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するにすぎないものであったが、仮にこの情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができたと思われる。今回の事故では、現地対策本部が機能不全に陥っていたことから、原災本部又は保安院SPEEDI を活用した国民への情報提供の役割を果たすべきであったが、原災本部及び保安院は、SPEEDI 情報を広報するという発想を有していなかった。SPEEDI を所管する文部科学省も、自ら又は原災本部等を介してSPEEDI 情報を広報するという発想はなかった。また、3月16 日以降、SPEEDI の活用主体(計算結果の公表主体も含む。)について、同省と安全委員会との間で整理がしきれないままに事態が推移し、このことはSPEEDI による試算結果の公表が遅れた一因ともなった。
今後は、被害拡大を防止し、国民の納得できる有効な情報を迅速に提供できるよう、SPEEDI システムの運用上の改善措置を講じる必要がある。また、地震等の様々な複合要因に対して、システムの機能が損なわれることのないよう、ハード面でも強化策が講じられる必要がある。

(3)住民避難の意思決定と現場の混乱をめぐる問題 【V章3、VII章5(4)】
国の避難指示は、数次にわたって行われたが、その内容は、官邸5 階に集められた一部の省庁の幹部や東京電力幹部の情報・意見のみを参考にして決定された。これらの決定に当たり、SPEEDI の所管官庁である文部科学省の関係者が官邸5 階に常駐した形跡はなく、SPEEDI についての知見が生かされることはなかった。実際には、SPEEDI を完全な状態で活用することはできなかったので、避難範囲についての結論は同じであったと思われるが、避難対策の検討を行う際、SPEEDI の活用という視点が欠落していたことは問題点として指摘しておかなければならない。
国による避難指示等は、避難対象区域となった地方自治体全てに迅速に届かなかったばかりか、その内容もきめ細かさに欠けていた。各自治体は、十分な情報を得られないまま、住民避難の決断と避難先探し、避難方法の決定をしなければならなかった。こうした事態を生んでしまった一つの背景要因として、原子力災害が発生した場合の避難の問題について、政府や電力業界が十分に取り組んでこなかったという事情があると考えられる。
今回のような事態に対して備えておくべきことを列挙すると以下のとおりである。

1)重大な原発事故が発生した場合に、放射性物質がどのように放出・拡散し、地上にはどのように降ってくるのかについて、また、放射線被ばくによる健康被害について、住民が常日頃から基本的な知識を持っておけるよう、公的な啓発活動が必要である。
2)地方自治体は、原発事故の特異さを考慮した避難態勢を準備し、実際に近い形での避難訓練を定期的に実施し、住民も真剣に訓練に参加する取組が必要である。
3) 避難に関しては、数千人から数万人規模の住民の移動が必要になる場合もあることを念頭に置いて、交通手段の確保、交通整理、遠隔地における避難場所の確保、避難先での水食糧の確保等について具体的な計画を立案するなど、平常時から準備しておく必要がある。特に、医療機関、老人ホーム、福祉施設、自宅等における重症患者、重度障害者等、社会的弱者の避難については、対策を講ずる必要がある。
4)以上のような対策を地元の市町村任せにするのではなく、避難計画や防災計画の策定と運用について、原子力災害が広域にわたることも考慮して、県や国も積極的に関与していく必要がある。

(4)国民・国際社会への情報提供に関わる問題 【V章8、9、VII章5(5)】
事故発生後の政府の国民に対する情報提供の仕方には、避難を余儀なくされた周辺住民や国民の立場からは、真実を迅速・正確に伝えていないのではないか、との疑問や疑いを生じさせかねないものが多く見られた。炉心の状態(特に炉心溶融)や3 号機の危機的な状態等に関する情報提供方法、また、放射線の人体への影響について、「直ちに人体に影響を及ぼすものではない。」といった分かりにくい説明が繰り返されたことなどである。
どのような事情があったにせよ、急ぐべき情報の伝達や公表が遅れたり、プレス発表を控えたり、説明を曖昧にしたりする傾向が見られたことは、非常災害時のリスクコミュニケーションの在り方として決して適切であったとはいえない。
当委員会は、この問題について更に調査・検証を続け、最終報告において必要な提言を行う予定である。
また、国外への情報提供に関し、周辺諸国への事前説明をしないまま汚染水の海洋放出を決め、直ちにこれを実施したことは、条約に違反するとはいえないにせよ、我が国の原子力災害対応についての諸国の不信感を招いた側面があり、今後の重要な教訓とされるべきである。

・・・引用終わり・・・


ここではSPEEDIの活用がなされなかったことについて

・「SPEEDI により、単位量放出(1Bq/h の放射性物質の放出)を仮定した計算結果を得ることは可能であり、現にこのような計算結果が得られていた。この計算結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するにすぎないものであったが、仮にこの情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができたと思われる

・「国による避難指示等は、避難対象区域となった地方自治体全てに迅速に届かなかったばかりか、その内容もきめ細かさに欠けていた。自治体は、十分な情報を得られないまま、住民避難の決断と避難先探し、避難方法の決定をしなければならなかった。こうした事態を生んでしまった一つの背景要因として、原子力災害が発生した場合の避難の問題について、政府や電力業界が十分に取り組んでこなかったという事情があると考えられる」

とあります。
また平常時からの原子力発電についての情報の共有がなされていなかったことも問題としてあげられています。
さらに日本という国の重大な欠陥として、迅速に解決しなければならない課題は、以下の情報提供のあり方にも顕著です。

・「事故発生後の政府の国民に対する情報提供の仕方には、避難を余儀なくされた周辺住民や国民の立場からは、真実を迅速・正確に伝えていないのではないか、との疑問や疑いを生じさせかねないものが多く見られた。炉心の状態(特に炉心溶融)や3 号機の危機的な状態等に関する情報提供方法、また、放射線の人体への影響について、『直ちに人体に影響を及ぼすものではない。』といった分かりにくい説明が繰り返されたことなどである。」

「直ちに人体に影響を及ぼすものではない。」というのは、残念ながらこの国のスポークスマンたる官房長官による私たち国民にむけてなされた発言です。
つづいてこうあります。

・「どのような事情があったにせよ、急ぐべき情報の伝達や公表が遅れたり、プレス発表を控えたり、説明を曖昧にしたりする傾向が見られたことは、非常災害時のリスクコミュニケーションの在り方として決して適切であったとはいえない。


「曖昧な説明、情報の隠蔽」が「適切であったとはいえない」ことは、言うまでもないことです。なぜそのような「適切ではない説明」がなされたのか、理解に苦しむのは私だけではないでしょう。

しかし問題の根本はもっと深いところにあるように思われます。前回の問いを繰り返すなら、彼らは「誰のために」そのような曖昧な説明をし、そのような行動をとったのでしょうか。

なによりもまず政府が優先すべきことは、「国民の命を守る」ことであるはずです。政府の使命はまさにそこにあると言っても過言ではありません。
この「『国民の命を守る』という政府の最も根幹にあるべき使命が果たされていないこと」、そこに日本という国が抱える深刻な問題があるのではないでしょうか。






【サイト内関連記事】
・「国民の命を守る」こと 〜 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会による「中間報告」より <1>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20120107/

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <5>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110920/

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <4>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110916

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <3>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110823

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <2>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110822

・EPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)の再検討 <1>
http://d.hatena.ne.jp/oretachinonihon-2011/20110821